清聴登場

映画・社会・歴史を綴る

20年後―その寂しい風景

カズオ・イシグロのノーベル文学賞の発表が行われた時、発表者のスウェーデン・アカデミーのサラ・ダニウス事務局長は、受賞の理由を次のように語ったという。 「感情に強く訴える小説で、世界とつながっているという我々の幻想の下に隠された闇を明るみに出…

偶然の「50年後」

週末だというのに何の約束もない帰り道、僕は新宿の大きな書店に立ち寄り、喫茶店で一服した後、久しぶりに映画館に飛び込んだ。懸案の仕事も一段落して、静かな金曜日を過ごそうと思い立ったのだ。いつも通り、鑑賞前に作品の穿鑿など一切せずに、タイトル…

12年後の夜

岐阜からやってきた知人を案内しようと、僕は単身赴任先の東京から札幌に飛んで、久しぶりの札幌すすき野の案内役を買って出ることにした。地元の友人の招待で、ちょっと贅沢な和食を囲んで陽気な時間を過ごした後、彼らを率いて得意げに言った。 「まだ、札…

余計なお世話

暑い日だった。僕は全身に汗をかきながら道を急いでいた。 渋谷駅を出て宮益坂を上り、明治通りを少し戻るようにして進むと、右手の方にその映画館はあった。 だが、エスカレーターで3階に上り、そこからにエレベーターに乗り換えて8階へと進まなければいけ…

明治座公演『ふるあめりかに袖はぬらさじ』

大地真央が舞台の中央で、床にしゃがみ込んだままの姿で、最後の「一人芝居」を見せる。芝居は、いよいよ終幕へと近づいていた。 「あーあ、恐かったぁあー。」 ちょっと前まで啖呵を切っては男たちをきりきり舞いにするほどの元気を見せていた女が、大きな…

父の日のプレゼントと喫煙・禁煙

近くに住む娘が、2週間も早く、父の日の贈り物だと言って、何やら小さな固い箱を包んだ包装紙のプレゼント持ってきた。喫煙癖から抜けきらない父を想ってか、中には「iQOS」という無煙タバコのセットが入っていた。どうやら、札幌にいる母親と相談しての喫煙…

親切過ぎる女

「お客さま、お飲み物は何にいたしましょうか?」 羽田から千歳に向う飛行機の中で、僕は女性の声で目を覚ました。薄いグリーンのコスチュームに身を包んだスチュワーデスの声だった。首には濃い赤と緑のネッカチーフを巻いている。 どうやら、通路側の狭い…

北京はもう夏

北京国際空港は、とにかくバカでかい。この日は、朝のエア・チャイナ便で北京へ飛んだが、予定より30分ほど遅れて到着した上に、いつものように第三ターミナルの長すぎる通路を通り抜け、シャトル電車でさらに移動して手荷物検査を終える頃にはすでに昼時間…

松本清聴の映画講座4 『トランスアメリカ』

彼は、子どもときから男性であることに違和感を抱いていた。そして、世間体を重んじる一族のなかで、次第に孤独感を募らせていった。周囲の誤解に取り囲まれて、「孤独」はますます深まり、人が人を無意識のうちに傷つけ合う社会への強い違和感となってそれ…

松本清聴の映画講座3 「ドライビング・ミス・デイジー」

映画の記憶とは不思議なものだ。 ニーノ・ロータのあの独特のトランペット音楽が流れると、条件反射のように僕は、モノクロ映画『道』のジュリエッタ・マシーナの寂しげな顔を思い浮かべてしまい、突如、時間が止まる。それは、例えば、東京・中央線の四ツ谷…

松本清聴の映画講座2 「シェイクスピアの時代と四つの映画」

20世紀も終わりを迎えた、いわゆる世紀末転換期に、400年以上も前の英国に生れた劇作家シェイクスピアの消息と時代を伝える映画が相次いで制作・公開された。まず、1998年に、『恋におちたシェイクスピア』が公開され、第71回アカデミー賞で作品賞をはじめ7…

「ライオン」

渋谷で、ライオンを見た。 土曜日の夕方になって、慌てて飛び込んだ映画館でのことである。 本当は、平日、つまりウィークデーの仕事の後に立ち寄りついでに見ようと思っていたのだけれど、何かと次々に用事が入って、目指す劇場に向かうことができずにいた…