清聴登場

映画・社会・歴史を綴る

北京はもう夏

北京国際空港は、とにかくバカでかい。この日は、朝のエア・チャイナ便で北京へ飛んだが、予定より30分ほど遅れて到着した上に、いつものように第三ターミナルの長すぎる通路を通り抜け、シャトル電車でさらに移動して手荷物検査を終える頃にはすでに昼時間になっていた。

…………………

ちなみに、世界最大の旅客数を誇る国際空港は米国のアトランタ国際空港であるが、この北京首都国際空港はいまや旅客数でも世界第2位を占めるという。およそ10年前には、東京国際空港(羽田)やロンドンのヒースロー空港、パリのシャルル・ドゴール国際空港にも後塵を拝していたが、北京オリンピックを契機にターミナルを大改造・拡充して、堂々たる大空港になったのである。

それでも世界の空港敷地面積では、サウジアラビアのキング・ファハド国際空港が最大規模で、何と空港一つで、隣国のバーレーンの国土面積を上回るというのだから驚きだ。それと比べるとさして大き過ぎるというほどでもないように思えてくる。

それにしても、やはり北京国際空港は飛行機を降りてからが無意味に広すぎる。いくら人口の多い国だとは言え、それにしては閑散とした空間もやたら多いのだ。ところどころで、人気のないエアポケットのような、少し薄暗い小さな広場のベンチで横になっている中国人らしき旅人の姿も見受けられるほど。それもそのはず、この空港には3つのターミナルが造られているが、その3つを合わせた総面積98万平方メートルは世界最大規模だとのことであった。デカ過ぎるわけである。

やっとの思いで、第3ターミナルを通り抜け、大勢の出迎えの人たちが立ち並んでいるフロアに出ると、いつものように友人の中国人Riさんと中国在住日本人のTさんが笑顔で待っていた。

「入国手続きで混んでいたのでしょね」

Riさんが、僕の旅行バッグを引き取りながら言った。

「いやぁ、入管も手荷物検査も混んでいなかったばかりか、むしろ空いていましたよ」

と僕が伝えると怪訝な表情になったので、思わず応えた。

「時間が遅れたようです。気が付いたら30分ほど時間が余計にかかったみたいで‥」

そう言いながら、到着時刻の遅れを表示する電光掲示板やアナウンスが無かった様子だったことから、どうやら空港の上空で旋回して時間を費やし、さらに滑走路に降りた後も待機時間が続いたことが遅延の要因だったことに気づいた。まだまだ、日本のように分刻みでの運航には至っていないのかも知れないと思った。

地下のこれまたバカでかい駐車場に出た。Riさんが携帯で連絡をとって待機させていた車を呼んでいる様子だったが、なかなか現れない。ところ狭しと並んだ車はどれも高級車ばかりだった。ベンツやBMWアウディなどのほか、トヨタアルファードのようなワンボックスカーも目立った。ここには「発展する中国」がいっぱい詰まっている。

まだ6月半ばだというのに、外気が流れ込む地下駐車場は暑い夏を思わせるに十分なほど気温が上がっていた。

「暑いね、北京は。東京より暑いよ」

と僕が言うと、 Riさんと一緒に僕を迎えてくれていた、山東省から飛んできたというTさんが言った。

「北京はあまり来たいところじゃないね。用事がなけりゃ、あえて来たいとは思わないところだよ」 と口を挟んだ。

山東省の海辺の町に暮らすTさんにしてみれば、北京の夏は無暗に暑く、官庁手続きのためか、仕事の用でもなければ、魅力に乏しいところらしい。それでもPM2.5に脅かされる「冬の北京」よりはましだと付け加えることを忘れなかった。

僕たち3人を運ぶワンボックスカーは、一路、S社の本社があるビル街へと向かった。相変わらず、車の量が多い。それでも、いつもより順調に進んで目的地にたどり着くと、先ず、その近くで昼食をとることにした。

冷房の効いた車を出ると、上着を脱いで白いワイシャツ姿で先へ急ぐ僕の背中に、石畳に叩きつけるかのようにして太陽が熱い空気を注ぎ込んでくる。

「Mさん、ここは水餃子がとても美味しいお店です。」

と言ってRiさんが案内してくれたのは、大きなビルに囲まれて埋もれてしまいそうな古風なレストランだった。日本ではあまり見たこともない料理が次々と運ばれ、僕たちは外の暑さを忘れて少し贅沢な昼食を済ませた。

…………………

中国はいま破竹の勢いで経済発展をとげている。その勢いは世界中の評論家たちの「中国経済崩壊説」などの<警告>にもいっさい構わず、続いている。確かに、この国は、膨れ上がる巨大な不良債権問題や突出した過剰生産に立ち往生しているかの様相を見せている。しかし、それでも、その旺盛な消費活動は一向に衰えを見せない。10億を優に超える人口規模の国民経済は世界史上類例を見ないものであり、想像を絶するエネルギーに充ち溢れている。

僕はふと、レストランの愉快な食事を終えて、外の大気を胸いっぱいに吸い込みながら、この早すぎる「暑い夏」がまるで今の中国を象徴しているかのように想っていた。

                     (文:志根摩奸太郎)