清聴登場

映画・社会・歴史を綴る

15年後の夜

 岐阜からやってきた知人を案内しようと、僕は単身赴任先の東京から札幌に飛んで、久しぶりの札幌すすき野の案内役を買って出ることにした。地元の友人の招待で、ちょっと贅沢な和食を囲んで陽気な時間を過ごした後、彼らを率いて得意げに言った。

「まだ、札幌で仕事をしていた頃に、毎週のように通ったスナックがあるんだ。そのまま残っているかどうか判らないけど、とにかくそこを訪ねてみようと思うんだ。」

僕は彼らの先頭に立って、目当ての店のある繁華街のビルへ向かった。もうかれこれ10年以上も御無沙汰しているところだ。

そのビルの5階の奥に、「マラガ」と記した横に細長い看板があった。

「ここだよ、僕が通った店は。」

とても懐かしい人に出会ったかのような喜びを感じて、僕は胸の高鳴りを抑えるようにして声を上げた。

 

スナック「マラガ」の濃い褐色のドアを開けて中に入ると、レイちゃんが独りで店を守っていた。彼女は、僕の姿を認めて驚いた様子だった。長い黒髪をトレードマークのようしているレイちゃんは、以前と変わらず、あれから長い時間が過ぎたことを忘わすれさせるほどだった。

懐かしさのあまり、僕は思わず言った。

「レイちゃん、全然年取らないね。昔のままだよ。」

穏やかで物静かな彼女が、僕に水割りをすすめながら、昔を思い起こすように語り始めた。

「Mさん、どれほど会っていなかったのかしら。どう言えばよいのか、でもあなたに真っ先にお伝えしたいことがあるの。ママも理恵さんも、二人とも亡くなったのよ。」

「え、ママも理恵ちゃんも?」

「そうよ、ママが亡くなってもう9年にはなるわ。3年半の闘病の後、静かに眠るように亡くなったの。家族葬だったけど、一泊の葬儀に参列したわ。」

 

10数年ぶりに訪れた小さなスナックの店の中で、僕はあのママの死を知らされた。この店がまだ「リオン」と名乗っていた当時のままの姿がそのまま残っている。レイちゃんは、そのママが引退した後を継いで今日までこの店を守ってきたのだった。

「それだけじゃないの、ママが自宅に戻って最期を迎えようとしてしていた時、私は理恵ちゃんと一緒にお見舞いにいったのよ。ところが、その彼女がママの一周忌の前にすい臓がんであることが分かり、それから1年と7カ月で逝ってしまったの。私一人が残されてしまったんだわ。」

僕はここで過した楽しい時のことを思い出しながら、二人の死を知らされて、ただ茫然としていた。

…………………

札幌すすき野の夜景はやけに明るかった。もう夜の9時を過ぎているというのに人影が少なくなることもなく、それどころか、賑わいはこれからといった勢いだった。僕は、いつものように黙ってみんなの後ろについたままそのラウンジに入っていた。軽音楽が流れ、走馬燈がくるくる回る広いホールを囲むようにしてカウンターやソファーセットの置かれたお店が幾つか並んでいる。どの店の客たちも陽気に振る舞っていた。

「ママ、バーボンがいいな。水も一杯くれないか。」

僕の職場の大先輩が、目鼻立ちのすっきりとした和服姿の女に声をかけた。

まだ20代半ばだった僕には随分年上の大人の女に見えた。その女は物静かに腰を折り曲げて承りましたという姿勢を覗かせたかと思うとそっとその場を立ち去った。しばらくして、他のテーブルに挨拶をしてまわっていた彼女がまた僕たちのテーブルに戻って来て、注文の飲み物とつまみと一緒に笑みを運んできた。どことなく陰があるものの気品ある微笑みだと思った。

少し年上の先輩が、「こいつはあまり酒が飲めないから、薄い水割りでもやってくれ」と言っていたので、その女性は音も立てずに僕の前に薄められたウィスキーの入ったグラスを置いた。そして、またすーっと姿が見えなくなった。

 

誰かが言った。

「ここは、一つの広場だけど、周囲の一つひとつの店にそれぞれママがいるんだ。でも、俺はこの店のママが一番だと思っている。」

僕は、いまは姿の見えなくなったその女の美しい表情を思い描いて、訳もなく頷いた。無口な僕にいつも気を配ってくれているUさんが、突然、一同の笑いを誘う愉快な話を始めた。その滑稽さに僕たちも腹を抱えて大声を出して笑った。この男は、いつもこんな場所にやってきては、周囲を和ませるコツというものをよく知っている男だった。

いつの間にか、ソファーの斜め向かいの黒皮の椅子に腰をかけていたママが白い歯を見せて笑っていた。僕はその何とも言えない笑みが彼女をさらに美しくさせているように感じた。

そのお店に連れていってもらうことがしばらく続いた。その度に、先輩たちが「やあ」とか「お久しぶり」とか声をかけるので、僕には彼女と挨拶を交わす機会すらなかった。何度通っても黙って大きなテーブルを囲んで並べられた椅子の一番端の方に坐っていた。そもそも、アルコールも進まない僕だったが、こうしたお店ではしゃぐということはなかった。いつも酔いつぶれた同僚や陽気に振る舞う先輩たちの様子を斜めから観察している方が僕には性に合っていたのである。

 

ある日、Uさんが「別用がある」と言っていつものこの店に現れなかったことがあった。そんな時、ママは静かに佇んだままで、白い歯を見せることもなかった。その時、僕は何故か理由はとくになかったのであるが、そのUさんに代わってママを笑わせることが自分の義務でもあるかのように感じて、必死の思いで、はるか昔にラジオで聞いた小噺や落語、漫才のことを思い出しながらみんなの笑いを誘う話を始めた。周囲は突如として口を開いた僕に驚いた様子だったが、やがて僕の話に合わせて普段と同じように盛り上がった。とうとう彼女も白い歯を見せて笑った。それが嬉しくて、僕はさらに笑い話を繰り出した。

それは一つの至福だった。僕にとって彼女の笑みは宝物のように思えた。そして、彼女の飾らない笑顔に僕は夢中になった。

 

それから数年も過ぎたころだった。

Uさんが、広い職場の隅の方でぽつんと一人残って仕事をしている僕の机のそばに来て、大きな声で言った。

「お前、そんな分厚い眼鏡をかけて、そんなに細かい字を読んで楽しいか?」

そう言ってド近眼の僕を大袈裟にからかったのである。そして今度は、声のトーンを下げて言った。

「おれはこれから飲みにゆくが、お前もついてくるか。その仕事は明日でも十分だろう。」

彼は、背中を丸めて机に向かっている僕のことを思ってわざと声をかけてきたのだ。僕はこの先輩がとても好きだったので、仕事の手を休め、「そうですね、では遠慮なくお供します」と返事をした。

もう外は真っ暗だった。近くのホテル前でタクシーを拾い、僕たちはネオンが輝くすすき野に向った。車の中で、Uさんが言った。

「お前、フランス広場にいたママを知ってるだろう。あのママが自分の店を持ったんだ。なに、ちっぽけなスナックだから大したところじゃないけどな。」

まるで僕が彼女に憧れを抱いていることを見透かしていたかのようだった。

 

スナック「リオン」はすすき野の端のビルの5階にあった。

店の中には、半円形状の大きなカウター席があり、奥の方に7,8人は座われそうなソファ席があった。その奥の席でお客さんたちを相手にしていたママが立ち上がって、こちらを振り返った時、僕はお思わず緊張している自分に気づいた。彼女の方も驚いた様子だった。

僕たちは、カウンター席に並んで腰をかけた。中には二人の女の子がいた。ショートカットの一人は「理恵」と名乗った、なかなか利発な女だった。もう一人は長い黒髪が印象の、おっとりした感じの人で、「礼ちゃん」と呼ばれていた。

Uさんが、愉快な話題を提供し、彼女たちはそれに合わせて、よく笑った。カウンターのこちら側で黙っている僕を指してUさんが言った。

「こいつ変な奴でね、細かい字ばかりを見ているかと思うと、話の中味がやけにリアルなんだ。どうしてこいつに世間のことが解るのか、奇妙な奴だよ。」

先輩は、日頃何かに憑かれたような眼をして細かい文字や数字を追いかけている姿を揶揄しつつ、その割には話に説得力があって、どことなく不思議な奴だと繰り返した。「こいつの書く文章も妙にリアルなんだ」と付け加えた。

その話に興味をもったのか、理恵と名乗る女が僕に尋ねてきた。

「Mさんは、何に関心があるの? お仕事や本が好きみたいだけど…、それ以外に。」

「いいや、特に趣味というものはないんだ。特技もないし、何の取柄もないつまらない人間…。でも、強いてあげれば、時折映画を観ることだけが僕の唯一の愉しみのようなものかもしれないな。」

と応えた。

「じゃあ、どんな映画がお薦めなの。これまで観た映画で一番よかったものは何?」

丸い小顔の理恵さんは、畳みかけるようにして訊いてきた。

奥の席の方から、どっと笑い声が飛んできた。半円形のカウンターでは、大きな花瓶に生けられた赤い大輪の花が褐色の壁を持つくすんだ部屋を華やかに彩っていた。礼さんは、相変わらず、次つぎと運び込まれてくるグラスや皿を洗いながら、時折こちらの様子を眺めては笑みを浮かべていた。

 

この時、僕は初めて人前で映画の話をしたことをよく憶えている。

「それは何といっても、映画『ひまわり』だね。知っているかい、あのマルチェロ・マストロヤンニソフィア・ローレンが出て来るやつだ。あの映画ほど、美しくて悲しい映画はほかに見たことがない。場面が美しければ美しい程悲しみもまたそれだけ深くなる作品だ。」

「それ、どんなお話なの?」

理恵さんが目を輝かせながら尋ねてきた。

「この映画は美しいだけでなく、芸の細かい演出がちゃんと織り込まれているんだ。冒頭のシーンで、とても幸せな若いカップルが、地中海に面する浜辺で、まるで子犬のようにいちゃついている場面が出て来る。この時ソフィア・ローレンの上になったマルチェロ・マストロヤンニが彼女を愛撫するように覆いかぶさるところで、急に咽(むせ)って慌てるんだ。何だ思う?」

「何かしら? で、それで?」

マルチェロは、彼女のイアリングを飲み込みそうになったんだ。それでいきなり咽ってしまったんだ。実は、この時のイアリングが、この映画のラストシーンで再び登場して来るんだよ。もう二度と一緒になれない二人が再会するというその場面で、それは、さりげなく登場する。それが心憎いまでの悲しみをもたらすんだから、たまらないね。」

「へえ、そんなにいい映画なの。私、早速ビデオを借りて観たいわ。」

「やがて二人は結婚し、これ以上ないと思われるほど陽気で幸福な時を過ごすことになるのだが、ちょっとしたことがきっかけで夫のマルチェロは、当時の対ロシア戦争に駆り出されて、その最前線に送られるんだ。もう生きては戻れないかもしれない。それが過酷な戦争ととともに、二人を永遠に引き裂くドラマへとつながっていくんだ。」

「場面が変わって、煤けた鉄のアーチが架かったミラノ駅で、戦地に赴いた若者たちを待ち受けようと、大勢の女たちがホームに押し寄せている。自分の息子を探す少し年老いた母親、夫や恋人の帰りを待ち続けていた若い女たち、その淋しい雑踏のなかにソフィア・ローレンがいる。みんなそれぞれの夫や息子たちのモノクロ写真を持っているんだ。誰か、私の息子、私の夫の行方を知っているかもしれないとの一縷の望み望みを抱いて。だが、夫の姿は現れない。疲れ切った様子のソフィア・ローレンの前を一人の兵士が通り過ぎようとしたとき、彼は突然立ち止まり、こう言うんだ。『仕方がなかったんだ。雪の降り積もったロシアの平原を必死で行軍を続けている間に、その真っ白な雪の上に、次つぎと若い兵士が倒れていく。今朝まで仲間だった兵士が倒れても誰も助けることなどできない、彼もそうした一人だった。僕にはどうすることも出来なかったんだ』と。」

理恵さんは黙って僕の話を聴いていた。話ながら煙草を口に咥えた僕の前でライターに火を灯した。そして、そのままじっと耳を傾けていた。

「激しく運命を妬むソフィア・ローレンが気を鎮めることもできずに荒れるんんだ。やがて、気を取り戻し、夫が生きているかもしれない、そうでなくとも彼の生死を確かめたいと思うようになり、当時は東西冷戦で東の国に行くことすら困難と思われた時代に、彼女は、その頃世界一長いエスカレータがあるとされたモスクワに渡るんだ。あれ、『冷戦』って、理恵さんたちにわかるのかなあ…。」

「わかりますよ。その時代のことだったのね。」

「そう、そんな時代の戦争の出来事が舞台なんだ。映画のタイトルの『ひまわり』というのは、その戦争で亡くなった無数の無名の青年戦士たちを弔うために設けられた墓地に、その弔いの意味を込めて造られた膨大な一面のひまわり畑を指してつけられたものなんだよ。それが、とっても美しくて、妙に悲しさを増幅させるんだ。その人間の背丈ほどに成長したひまわり畑の中を疲れ切ったソフィア・ローレンが通り抜けて往く。」

そして、僕は思わず声を上げて口ずさんだ。

≪ラララ―ラ、ラララララー、ララララ―ラ、ララーラーラ、ラーララーラー≫

「この花畑のシーンであのテーマ音楽が流れる。すると僕にあの悲しいシーンが次々と押し寄せてくるんだ。」

ママが奥の席から戻ってきて、あの笑みと一緒にいきなり声をかけてきた。

「Mさんのお話、とっても面白いわね。その映画を早速観みなくちゃね。今のお話だけも、もう映画をみたような気分だけど…。」

今度は、Uさんが口を挟んで来た。

「こいつやぱりへ変なやつだな。お前の映画話は初めて聞いたが、そこにいたわけじゃないのに、まるで昨日見て来たかのように話すんだから。面白いだろう、理恵、このド近眼の話。」

 

以来、僕は、この店に来るたびに映画の話を迫られることになった。僕は理恵ちゃんやママの笑顔を見たさに、「ひまわり」の後も映画の話を続けた。ビットリオ・デシーカ監督の「自電車泥棒」、スト破りがきっかけで周囲から孤立を深めていく「鉄道員」、フェデリコ・フェリーニ監督の「道」などのいわゆるネオリアリズム作品のほかに、邦画の、曽我兄弟の仇討ちをテーマにした「富士の夜襲」や中村錦之助主演の「仇討ち」、そしてまだフーテンの寅さんになるずっと前の渥美清が出る「天皇陛下万歳!」、松坂慶子と真田弘之が光る演技を見せた「道頓堀川」といった作品も語った。やがて、男と女の別れと出会いを見事に演出した「別れ道」、黒人で初めてアカデミー賞を受賞した作品「夜の大捜査網」やあの型破りな映画「コンボイ」、映像美でも人を魅了した「ゴッド・ファーザー」の話もした。

どれもこれもすべて、二人の女性、ママと理恵ちゃんの笑顔を見たさに夢中になって語ったものだった。この頃の僕は仕事も充実し、その後は此処に来て、「もう一つの人生」を楽しんでいたのである。

むろん、アルコールに縁がなかった僕もこの店にボトルを置いて、友人や記者仲間を誘って訪れることも増えていった。東京に出向いて単身赴任で仕事をするようになってからも、札幌に戻ったときはよくここに通ったものだった。そうした日々が続いた後、突然ママが店を礼さんに譲って、すすき野から去っていった。それとともに、次第に僕の足は遠のいていった。

利発な理恵ちゃんともいつの間にか親しくなって、お店では彼女が難解なクイズを用意しては僕たちを悩ませたかと思うと、今度は、僕の方も負けじとさまざまなゲームを持ち込んでは彼女に対する反撃を試みたりした。その理恵ちゃんもやがて郷土の北見へ帰り、そこで結婚して幸せな生活を送っているとのことだったが、ママも礼ちゃんも、彼女との連絡先を教えてくれることはなかった。ここすすき野で暮らした女たちは過去をすっかり消して、次の人生を築いていかなければならないのかも知れないと思った。

 

ある時、ママが言った。

「フランス広場で雇われママをしていたときの松ちゃんの様子をよく覚えているの。ほとんど口を開かず、この人、ここにいて楽しいのかしら、と思っていたわ。そんな松ちゃんがこんなにお喋り上手だなんて。あの頃は、心配していたのよ。」

 

その僕を雄弁にさせたママの姿を一度だけすすき野の外で見かける機会があった。店を継いだ礼さんが、ママは南区で喫茶店をしているのよ、と教えてくれたのである。

ある日、その店を自分で車を運転して訪れた。住宅地の中にひっそりと佇んだその店に入ると、ママは1人でいた。一番壁際の席に座り、ぼくはコーヒーを注文した。二人きりだったので、僕は彼女を笑わせる話をすることもなく、じっと時間が過ぎるままに身を任せていた。彼女はお店のレジの傍の椅子に腰をかけたままだった。何故か、すすき野のでお仕事をしていた人を訪ねることはよくないことのように感じて僕は委縮していた。

少し離れたところにいるママに向って、いまも東京で仕事をしていること、それでも時折り用事を思いついては札幌に戻ってきていることを話題にしてわずかな会話をしただけだった。僕は、その時に見かけたママに、やはり、あのどことなく陰があるものの気品ある表情を覗き見ていた。

やがて、この小さな喫茶店に一人の中年の男が入って来たところで、僕は支払いをすませて、店を出た。そして、これが彼女を見かける最後とは知らずに別れた。そのわずか3年後に彼女は闘病生活に入っていたことになる。

 

…………………

それから、およそ12年の歳月が流れていた。礼ちゃんの店「マラガ」を出た後、僕は友人たちと別れてしばらく札幌の夜道を歩いていた。人影も少なくなり、遠くにぽつりとコンビニの明かりが見えた。

 

  灯りを求めて、影法師二つ  

  人目にかからず、通り過ぎて往く。

 

その晩、厚別の自宅の2階の部屋で、僕は眠られぬ一夜を過ごした。