清聴登場

映画・社会・歴史を綴る

明治座公演『ふるあめりかに袖はぬらさじ』

大地真央が舞台の中央で、床にしゃがみ込んだままの姿で、最後の「一人芝居」を見せる。芝居は、いよいよ終幕へと近づいていた。

「あーあ、恐かったぁあー。」

ちょっと前まで啖呵を切っては男たちをきりきり舞いにするほどの元気を見せていた女が、大きな口を開けたまま、いまにも泣き出さんばかりの大声を張り上げた。

その童のように無防備な声に、観客がどっと笑い出す。

お園は、血気盛んな若い侍たちに取り囲まれて恫喝され、今にも切り殺されるか知れないという恐怖を前に顔面蒼白になって震えていた。その侍たちが不敵な笑みを残して立ち去った後も、床にしゃがみ込んだまま立ち上がることもできない。恐怖のあまり腰が抜けて、何度試みても立ち上がることができないのだ。その大きな体をくねらせ這うようにして床の上を移動する。その様子を見て、観客席の僕たちも思わず固唾を呑んで、お園の一挙一動を心配そうにして眺める。  

なのに、お園は、その不様な姿を晒し必死の形相で床を這いながら、手に触れた徳利の酒を次々と飲み干し始めた。そして、何やらしきりに粋がっている。

「畜生! なんだい、へッ、抜き身が怖くて、刺身なんか喰えるかってんだ。」

と言い終わる間にも、お園は徳利の中を覗き込み、空っぽになったそれを逆さにして酒のしずくが落ちないかを確かめている。そのうち、床を這うのが、女が腰を抜かしているせいなのか、酔っぱらっているせいなのか、解らなくなってしまいそうっだった。

…………………

この芝居は、亀遊という名の薄幸なひとりの「おいらん」と、吉原のときから芸者を続けてきたベテランの気丈なお園との物語である。有吉佐和子原作の『ふるあめりかに袖はぬらさじ』を基に、その役に大地真央を初起用しての演出だった。上記は、そのラストシーンで大地真央演じるお園が迫真力満点の演技を見せた場面だった。舞台の上で、1人残されたお園こと大地真央が悲しさと滑稽さを最後まで綯い交ぜにしながら独演するシーンはまさに<圧巻>としか言いようがないものだった。

おそらく、ここに居た観客たちのすべてがそれを覗き見て、大いなる満足に浸ったことであろうと思われた。

そして、 お園は、<本当>と<嘘>が入り混じった現実の世界で、たとえ揺れ動く心の只中にあっても、ただ一人<真実>に見入っていた。終わりの近くで彼女が吐くセリフがそれだった。

「おいらんは、亀遊さんは、淋しくって、悲しくって、心細くって、ひとり死じまったのさ。」

人知れず、世間の目をさけるようにして葬り去られた一人の「おいらん」の死をお園は忘れることができない。ここに生きていたんだ、それもひょっとすると<幸せ>を手にすることもできたかも知れないというのに、亀遊はその手前で自らの命を絶ったんだ、お園はそう叫んでこの芝居を結ぼうとしていた。

この絞り出すようなお園の台詞に触れて、ぼくは思わず身震いした。

そして年甲斐もなく涙を堪えることができなかった。

………………

舞台は華やかな遊郭の世界を色鮮やかなミュージカル仕立てで開演した。幕末の異国人を押し込めるためにわざわざ開発された居留地「横浜」には、異人を専らの顧客すとする遊郭が建ち並んでいた。いまではその勢いは本場吉原を凌ぐほどのものになっていた。その華やかさを演出する工夫がここに立ち現われていた。

原作には見当たらないその明るいシーンにぼくはほんのちょっと違和感のようなものを感じていたが、それがこの芝居の前触れだった。

この後も、例えば、不機嫌になった米国人客イルウスの機嫌を取ろうと、洋風の派手な厚化粧をした女たちが次々と現れては踊り出し、ついには全員でダンスと歌を披露する。何とも奇妙な姿の女たちが醸し出す俄か仕込みの(?)ミュージカルに、観る者たちもいきなり<笑い>の世界へと引きずり込まれてゆく。

大橋某というたいそうな先生を慕う攘夷の志士たちも、男衆五人が出揃ったところで、このミュージカルをやって見せる。そして、まるで幕間のように差し込まれるその歌舞の後に、真に迫る本筋が顔を覗かせては、僕たちをふたたびシリアスな世界へと引き戻すのである。舞台は、こうして<陰>と<陽>、<明>と<暗>のコントラストを描きながら進行していった。

オープニングでいきなり派手な歌舞を見せた直後、場面は一転して暗がりのなかに塞いだ納戸のような小部屋へと転じていった。

お園が、普段着のままで、階段を上って現れる。

「おいらん、具合はどうですか。あら嫌、真っ暗だよ。」

その行燈部屋に、「おいらん」が一人、粗末な布団で寝ている。横浜岩亀楼の看板女郎として売り出すはずだった亀遊である。だが、いまや病で伏せているだけだった。

お園は持ち前の元気な声で、若い女郎たちが行燈を片付けにきたときくらい、外の明かりを入れてくれればいいものをと愚痴を口にしながら、小さな雨戸を開ける。明かりとともに、目の前に横浜港の全貌が広がって見えた。

「いいお天気ですよ、おいらん、ほら、ここから見ると港は本当にいい眺めですよ。……おや、大きな船、こないだまで見かけなかったけど、あれはどこの船かしら。」

お園の言葉に亀遊が半身を起こしながら答える。

「館の白い綺麗な船でしょう。アメリカの船なんですって、おとといの晩が入船だったのよ。」

「おや、おいらん、あれがアメリカの船だなんて、いったいどうして分かったの?」

「それは、あの、それは、ね。」

しどろもどろになる亀遊に、お園はふと何かを感じるが、その場はそのままやり過ごす。

亀遊のところを訪れる若者があった。

横浜岩亀楼の通事として働く藤吉だった。彼は蘭学を勉強し、やがてアメリカに渡って西洋医学を学びたいとの夢を抱いていた。その藤吉が、薬を届けるという口実をもってしばしば亀遊の部屋を訪れていたのである。どおりで、字の読めない亀遊のところに「攘夷党が暴れた」なんぞが書かれた瓦版が置かれていたわけだ。お園は、ふと湧いてきたような艶話の兆しを喜んだ。

亀遊を訪ねて来た藤吉にばったり出会ったお園が、明るい声で言った。

「おいらんを見舞いに来てくれたのかい? 有り難うよ。……おいらんの顔色がよくなった謎がとけたよ。なるほどねえ。」

物静かな藤吉は、バツが悪そうにして言った。

「おかしなことを仰ってはいけませんよ、姐さん。私はおいらんの病気を心配してやってきただけのことですから。」

お園は、自分に隠すことはないよ、大丈夫だから、と二人を安心せる言葉を吐いたあと、こう言うのである。

「けど、お前さん、おいらんが此処で寝てるって一体、誰から聞いたんだい?」

すると藤吉がひょんな事を言う。

「誰って? それは姐さんからですよ。」

実は、10日ばかり前、もうすっかり酒の酔いが回ったお園が、誰に向って言うわけでもなく、「おいらん一人死にかかっていてもハマ(横浜)じゃ誰も見舞いにいかないのかい、不人情な奴らが揃っているよ」とまくし立てていたというのである。

ここには幾つもの伏線が据え置かれている。

先ず、病に気まで沈んでいた亀遊にも<幸せ>がやってくるかも知れないという<希望>の予兆が垣間見える。そもそも、お園が亀遊を「おいらん」と呼ぶのは、江戸の吉原でまだ遊郭では子供扱いしかされない時から身を立てて花魁にまでなった亀遊のすべてを知りつくしているからだった。同じ芸者としてむしろ羨ましくも見えた彼女が借金を抱えたまま、この岩気楼に引き取られた後も、お園は「おいらん」と呼び続けていたのである。その亀遊が惨めな日々を送っているという時に、藤吉という若者の登場で、あたかも一条の光のように<幸せ>が訪れ始めたかと思われる出来事がそこにあった。だが、やがてそれが余計悲劇の色を濃くすることになるのだ。

そしてまた、ここには、世間の<薄情>に憤りをぶつける、お園の人間味、その人情が映し出されている。そんな<非情>があっちゃいけない、たとえ遊女であっても、人それぞれに人生があるんだ、お園はそう言おうとしていたのである。

物語は、米国人客イルウスが岩亀楼に現れたことで急展開する。

当時は、異人を顧客とする遊郭であっても、外国人向けの「唐人口」と日本人向けの「日本口」の二つを区分けして、遊女もそれそれ別の割り当てがなされていた。このうち、前者、つまり異人さんをもっぱら相手にする遊女を「らしゃめん」と呼んで、周囲の女たちから蔑みと嫉妬もつかない特別な目で見られていた。

<蔑み>は、彼女らが言葉も通じない異人さんを相手にしていることに加えて、しばしば和服にスカーフやブレスレットやイアリング・指輪などを身に着けるという何ともド派手な衣装仕立てにも向けられていた。<妬み>は、豊な国からやってきた異人さんの金払いはすこぶるよく、彼女たちが贅沢な暮らしを手に入れていたことに対して向けられたものだった。

案の定、イルウスが登壇する場面では、マリアとか、メリー、バタフライ、ピーチとか名乗る奇妙ないで立ちの女たちが舞台の上に現れた。そして、次々にイルウスに自分を売り込もうと必死になってアピールしている。

だが、イルウスはどの女も気に入らない。そこへ、先ほどまで寝込んでいたはずの亀遊が真っ白な衣装に身を包んでスーとその姿を現した。化粧もしている。それを見て、通事の藤吉も驚きの余り声が出なくなるほどだった。藤吉は、初めて見る「おいらん」姿の美しさに我を失うところだったのである。

イルウスがすっかり見とれて、「この女に取り換えて欲しい。金ならいくらでも払う」と言い出した。最初は、店のしきたりで女を取り換えるのは認められないと言っていた岩亀楼の主人も、だんだん金の話に引き寄せられてゆく。その間にも、亀遊が倒れ込んで、女中たちが彼女を部屋に連れ戻す。ここから先は、通事の藤吉もシドロモドロになって役に立たなくなる。

大混乱の中に<商談>が成立して、亀遊は本人の意思を別に、金六百両でイルウスに売られることになった。それを知ったお園が、夢中でそれを止めようとするものの、事態はもう動かないところまで進んでしまっていたのである。

「き、亀遊さんは、おいらんは、この話を知ってるんですか?」

心配そうに尋ねるお園に、主人の岩亀は応える。

「知ってるわけないじゃないか。いま決まった話だもの。」

お園は陳情するように言う。

「後生だから、それは勘弁してあげて下さいまし。異人さんと寝た女は、もう一生日本人の中では相手にされなくなっしまうんです。」

「何を言い出すんだ、こんなところで。異人さんと言ったって、鬼じゃあるまいし、ことにこの人は金離れもいいし、話の分かるお人だ。」

そう言い終わるや否や、傍の女中に向って、亀遊をここに呼んで来いと声を上げた。

「待って下さい。それは私が……」

そう言い残して、お園は二階の亀遊の部屋へ向かうのだが……。

亀遊は、その小さな暗い部屋で、剃刀で自害していた。

お園は、彼女の死の本当の理由を知っていた。だが、周囲はみな、異人さんに売られることを知って、それを拒み自害したと考えた。

亀遊は、もし自分の健康が回復したら、また遊女の生活を始めなければならない、そうであったら、藤吉とは永遠に結ばれはしないことになる。いや、このままでいても、間もなく藤吉は遠いアメリカという異国に去って行ってしまうだろう、そうすれば自分の生きる夢はすべて絶たれてしまう。どっちにしても、その未来から一切の希望が失せるのだ。それが、亀遊の自害の本当の理由だった。

しかし、岩亀楼の主人にとって何より懸念されたのは、「異人に売られるのを嫌がって自害した」と世間に風聞が流れ出ることだった。そんなことが知れ渡ったならば、この岩亀楼が攘夷を唱える浪人たちの標的にされることは目に見えていた。役人もそのことを惧れて、事を大きくせず、内々に処理する道を選んだ。亀遊の亡骸は、早々に深い土の中に葬り込まれた。そして何事もなかったかのような日々が続いた。

しばらく時が流れた頃、1人お園だけがその悲しい顛末を怨みながら、二人きりになった場面で、藤吉を責め立てる。

「なぜ逃げなかったのさ。なぜ駈け落ちしなかったのさ。」

いつもの勝気なお園の声に藤吉は、あの日の前日、二人が別れ別れになることを覚悟して抱き合って泣いたことを語り出す。

その時、舞台が反転して、中央奥から真っ白な衣装をまとった亀遊の姿が現われ出て、藤吉と亀遊が手に手をとって静かに歌い出す。強い絆で結ばれたはずの若い二人がステージの上で踊り出す。だが、それは一瞬の閃光のように輝いたかと思うと、亀遊が舞台の上手でゆっくりと廻りながら静かに床の下へと消えていく。観客たちはそれが二人の永遠の別れを再現する場面であることを知る。

その静けさを破る大声が飛び込んで来た。

「大変だ、大変だ!」と男の声。

「どうしたんだい? 何だって?」と女の声。

通りでまかれた瓦版が「岩亀楼の遊女亀遊が、女郎であるにもかかわらず、紅毛碧眼に身を汚されんよりはと親より伝わる懐刀で咽を突きて自害した」、まさに攘夷の魂であり、武士にも優る「烈婦」であると書き記していたのである。しかも、死に際して、見事な筆字の遺書まで残したというのである。字を読める藤吉によれば、その遺書の最後には辞世の一句が認められていて、そこにはこう記されていると言う。

「露をだに、いとふ倭(やまと)の女郎花(おみなえし)、ふるあめりかに袖はぬらさじ。」

お園は、「妙だねえ、おいらんは字なんぞ書けなかった。絵草子すら読めなかったんだ。それに懐刀なんかありゃしないよ、おいらんは剃刀で死んだ」と思わず、口にするも、主人の岩亀に止められる。第一、おいらんは武家の出などではなく、深川の町医者の娘に過ぎない。

そうこうしているうちに、この瓦版を契機に、亀遊は「攘夷女郎」として人々の噂になって語られていく。そして、この噂話によって、岩亀楼が異人相手の遊郭で商売をしていたという事実がかき消され、それを拒んだ武家の鏡のような女郎を抱えていたところだとの評判を受けることになる。

<真相>を知るお園は最初はその<誤解>に違和感を覚えるが、やがて持ち前の明るい立ち振る舞いに合わせて、この<攘夷女郎>話を脚色し、迫真力ある出来事して語り出すことになる。一目その現場を見ようと訪れる客を相手に演じているうちに、何がどこまで本当のことなのか自分でも判らなくなってしまいそうだった。

いつの間にか、亀遊は<亀勇>との表示に変わり、武家の娘になり、吉原でも横浜でも超売れ子の芸者になっていた。イルウスという嫌な米人が払うと言った金も千両にまで吊り上がっていた。

自害した場所も、提灯部屋ではなく、大広間になっていた。その大広間で、尋ねて来た客を前に、お園が一節をぶつ場面がある。

「ようござんすか。亀勇さんはここに坐って、じっと異人さんの眉間に目を据えたまま、かねて覚悟の懐刀を、抜いたと思ったら喉に突き立てた。」

「血は出なかったのかい。」

「あなた、生身の人間が喉を突いたんだ。血はしぶきをあげて、返り血を浴びた異人さんの顔は鬼でしたよ。」

とうとう、本物の攘夷主義にかぶれた侍たちの到来となった。そうこうしている間に、お園が語る大橋某というエラい先生の話と亀遊の書き置きの話が辻褄の合わぬことを知って、攘夷侍たちがが、お園言葉に嘘を読み取った。そして一人の若い侍がいきなり太刀を抜いてお園を切って捨てる構えをみせた。

「ひえッ!」と悲鳴を上げるお園。

この顛末は、大橋某先生の名誉を保つことを優先した侍たちの情けで、何事も無かったかのようにして終える。5人の侍たちが不敵な笑みを浮かべながら下手へと消えてゆく。

そして、先の冒頭の場面が続くのである。

「ああ、恐かったぁあー!」

(ちなみに、ここで再び冒頭の文に戻ってもう一度読まれることをお勧めします/筆者)

…………………

この芝居の時代背景は、開国か攘夷かで、まさに国論が二分化されていた幕末日本の頃のことだった。そんな物騒な世の中で遊郭を一つの舞台にして描いたのが、本作の妙味ともなっている。そして、お園はそうした時代の波に翻弄されながらも、いつの時代にも変わらぬ人間を見つめる率直な眼差しを忘れない女だった。

お園を演じた大地真央は、これまで十八番の「マイ・フェア・レディ」をはじめ、「カルメン」「サウンド・オブ・ミュージック」「ローマの休日」、「クレオパトラ」や「マリー・アントワネット」などのヒロイン役を演じてきた。喜劇と悲劇とが綯い交ぜになったこの作品では、少々お調子者の役を引き受けて、その「人情」を演じて見せるという難しい役に初めて挑戦したという。

それにしても、あの<圧巻>の演技に魅せられたのには参ったね。「これぞ、銭の取れる演技というものであろう」、そう思いつつ僕は明治座を後にした。

外はもう真っ暗だった。人の流れの後をつくようにして夜道を進んでいくと、遠くに灯りがひと塊になって浮かんでいるのが見えた。人形町の辺りだろうと思った。